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新潟地方裁判所 平成6年(行ウ)25号 判決

原告

笹口孝明

右訴訟代理人弁護士

高島民雄

被告

巻町

右代表者町長

佐藤莞爾

右訴訟代理人弁護士

伴昭彦

主文

一  被告は原告に対し、金三五万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金六〇万円を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、普通地方公共団体巻町の住民であり、東北電力が巻町内に建設を計画している原子力発電所(以下「巻原発」という。)建設の是非について、直接、住民らの意思を確認する住民投票を主催することを目的として結成された「巻原発住民投票を実行する会」(以下「実行する会」という。)の代表者である。

2  実行する会は、平成六年一一月二日、巻町長の佐藤莞爾に対し、①町主催による巻原発建設の是非を問う住民投票の実施、②それができない場合には、実行する会が主催する自主管理住民投票への協力、を要請した。これに対し、町長は、同月九日、文書をもって、①町には住民投票に関する条例がないので、住民投票は実施できない、②町が行わない以上、立会人の派遣や投票所の提供など、公費による費用援助に該当するようなことはできない旨の回答をした。

3  そこで実行する会は、自ら、巻原発建設の是非を問う自主管理住民投票を主催することを決定し、巻町教育委員会に対し、平成七年一月二七日、二八日、二九日の投票所として町営体育館、一月二六日の投票所としてふるさと会館、一月二三日の投票所として漆山地区公民館(以下「本件各施設」という。)の、各使用申込みをした。

4  これに対し、町長から本件各施設の管理運営を委任されている巻町教育委員会の教育長陶山朝幸は、本件各施設の使用を許可しないことを決定し(以下「本件不許可処分」という。)、平成六年一二月五日付け文書をもって、実行する会の代表者である原告に対し、その旨通知をした。その理由は、前記町長の回答と同旨であった。

二  原告の主張

1  本件各施設は、社会教育法あるいは地方自治法に基づき、町民の福祉増進を目的として、町民の集会場等の用に供するために設置されたもので、いずれも地方自治法二四四条一項の「公の施設」に該当する。

2  同条二、三項は、普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならないし、その利用に関し、不当な差別的取扱いをしてはならない旨を規定している。これは、公の施設が住民の共有財産であることの当然の帰結であるとともに、憲法上の基本的人権である集会ないし表現の自由の保障を具現するものであるから、公の施設の利用を拒否する「正当な理由」の解釈は、極めて厳格になされなければならない。

3  実行する会が主催する自主管理住民投票は、町民が投票所に参集して投票を行うだけの催しである。かような平穏な催しのために公の施設を利用することを拒むことができる正当な理由は全く考えられないから、本件不許可処分は違法である。

4  損害 金六〇万円

(一) 慰藉料 金五〇万円

本件不許可処分は、実行する会が主催する自主管理住民投票の実施に重大な影響をもたらした。すなわち、住民投票に対する町当局の敵対的な姿勢に影響されて、各地域の区長らが各地域内に所在する公の集会所の貸与を拒否する事態を生じ、実行する会は、急遽予定した漆山公民館、越前浜公会堂及び四ツ郷屋公民館も利用できなくなり、プレハブ建物を建築するなど、投票所の確保のため投票日直前まで奔走を余儀なくされた。加えて、十分な駐車場を確保できなかったし、投票所の確定が遅れたため、住民に対する投票日、投票所の周知徹底などの作業に大変な労力を割かれる結果となった。

以上、かろうじて自主管理住民投票の実施にこぎつけ、多くの町民の理解と協力を得て無事住民投票を終えることができたものの、町当局の違法な処分により、実行する会の代表者である原告が被った肉体的精神的苦痛は計り知れず、これを慰藉すべき金額は五〇万円を下ることはない。

(二) 弁護士費用 金一〇万円

原告は、本件訴訟の遂行を委任するため、原告訴訟代理人弁護士に対して一〇万円の支払を約した。

三  被告の主張

(本案前の主張)

本訴の原告は笹口孝明個人であるところ、原告の主張によれば、本件各施設の借用申込みとこれに対する本件不許可決定は実行する会を当事者としてされたのであり、個人である原告に対する処分は存在しない。実行する会がいわゆる権利能力なき社団であるならば、実行する会そのものが当事者となるべきであり、そうでなければ、実行する会の構成員全員が当事者となるべきである。いずれにしても、原告には当事者適格がないから、本訴請求は不適法である。

また、本訴の提起は平成六年一二月二六日であるところ、実行する会は、同月二二日、自主管理住民投票のために本件各施設を使用しないことを決定しており、たとえ本件不許可処分が取り消されても、本件各施設を使用する意思が全くなかったのであるから、原告に権利保護の利益はなく、その意味でも本訴請求は不適法である。

(本案に対する主張)

地方自治法(以下「法」という。)が、住民の直接参政制度として定めているのは、直接請求、住民投票、住民監査請求及び住民訴訟であり、住民投票としては、地方自治特別立法に関するもの(法二六一、二六二条)のほかは、直接請求に基づく住民投票(法七六条三項、八〇条三項、八一条二項)が規定され、その要件及び効果は法律によって明らかにされている。一方、巻町には、巻原発建設の是非について住民投票を実施するという条例はない。したがって、住民が住民投票の実施を望むのであれば、条例の制定請求(法七四条)をして住民投票に関する条例の制定を求め、もし、議会がこれを拒否した場合には、議会の解散請求(法七六条)あるいは町長の解職請求(法八一条)をするという、法の定めた方法を踏むべきである。にもかかわらず、私人がそれを無視して自主管理的な住民投票を主催するのは、公の秩序に反するといわざるをえない。

いうまでもなく、法は間接民主制を原則としているのであり、私人が主催する住民投票を無制限に認めることは、間接民主制を破壊することとなる。本件不許可処分は、このように公の秩序に反する催しに対し、公費による費用援助はできないことを理由としてされたものであって、何ら違法性はない。

第三  当裁判所の判断

一  本件訴えの適法性について

1  原告の当事者適格

本件は給付の訴えであるところ、給付の訴えにおいては、自己に給付請求権があると主張する者が原告適格を有するのであるから、本件において原告に当事者適格を肯認することには何らの妨げもない。

2  訴えの利益

本訴の提起が平成六年一二月二六日であることは記録上明らかであるところ、乙七、八によれば、実行する会は、これに先立つ同月二二日、自主管理住民投票のために本件各施設を使用することを断念し、別途に投票所を確保してこれを実施する方針を決定したことが認められる。

しかし、甲六、一一の一三、一四、原告本人によれば、実行する会の右決定は、町教育委員会の本件不許可処分を受け、やむを得ずしたものであることが認められる。そして、本件訴えは、本件不許可処分の取消しを求めるものではなく、その違法を原因として原告個人が被った損害の賠償を求めるものであるから、実行する会の前記決定により、本件訴えの実益(すなわち訴えの利益)が消滅したとはいえないし、原告が訴権を放棄したと認めるに足りる事情もない。

二  本案について

1  甲一、二、三の一、二、一四、乙一、二ないし六、原告本人、被告代表者によれば、以下の事実が認められる。

(一) 巻町では、かねてから巻原発の建設をめぐって、建設推進派と反対派とが対立していた。平成六年八月に実施された町長選挙においてもこの点が争点となっており、三期目を目指した佐藤現町長は、巻原発の建設推進を掲げて町長選挙に当選した。

(二) 原告は、巻町内で酒造会社の役員を務める同町の住民であるが、佐藤町長の当選を受け、建設推進派が勢いを増してくるのに疑問を感じ、町民の意見を二分している巻原発建設の是非については、直接、町民の意見を聞くことが望ましいと考えるようになった。

(三) 同年一〇月ころから原告のこのような考えに同調する町民が次第に集まり、同月一九日、巻原発建設の是非を問う住民投票の実施を町に要求すること、そして、町当局がこれを実施しない場合には、住民の自主管理による住民投票を実行することを目的として、実行する会が結成され、原告がその代表者となった。なお、実行する会の結成当初の構成員には原発推進派の人もおり、実行する会自体は、巻原発の建設について特定の方針を有していたわけではなかった。

(四) 因みに、実行する会は、右のような住民投票を実現させるという一回的な目的の団体であり、かつ、自然発生的に生じた団体であったため、その構成員は不確定であり、意思決定のための特別の機関もなく、その方針は、その時々に集まった人達の話合いで決定されていた。

(五) 原告は、実行する会の代表者として、平成六年一一月二日、佐藤町長に対し、巻原発建設の是非を問う住民投票を実施すること、仮にそれができない場合には、実行する会が主催する自主管理住民投票への協力をしてほしい旨文書で申し入れをした。

これに対し、佐藤町長は、一一月九日、巻町には住民投票に関する条例がないので、町主催の住民投票は実施できないこと、町が実施しない以上、実行する会のいう自主管理住民投票に対し、立会人の派遣や投票所の提供など公費による費用援助に該当するようなことはできない旨の回答をした。

(六) これを受けて実行する会は、自らが主催して巻原発建設の是非を問う自主管理住民投票を行うことを決定し、投票期間を平成七年一月二二日から二九日までと定めるとともに、投票所の確保等の準備作業に入った。そして、原告は、実行する会の代表者として、巻町事務委任規則に基づき本件各施設の管理運営の事務にあたる巻町教育委員会に対し、それぞれ所定の手続に従い、使用目的を「住民投票」と明記した上、平成六年一一月一〇日に、平成七年一月二七日、二八日、二九日の投票所として町営体育館、平成六年一一月二二日に、平成七年一月二六日の投票所としてふるさと会館、そして平成六年一二月一日に、平成七年一月二三日の投票所として漆山地区公民館の、各使用申込みをした。

(七) 教育委員会は委員を集めて協議したが、巻原発建設の是非をめぐって建設推進派と反対派の対立が厳しくなっていた時期であり、この申込みは複雑な問題を含んでいるので教育委員会だけで判断すべきでないとの意見が大半であったため、結論を出さず、陶山教育長が、佐藤町長にその対応の指示を仰いだ。

(八) 佐藤町長は、庁議において町職員の幹部の意見を、全員協議会において町議員の意見をそれぞれ聴取した上で、過去に町議会が原発建設推進の意向を打ち出していること、及び、建設推進派である佐藤町長が直近の町長選挙において当選したことにより、巻町の行政方針は既に確認されているのであって、実行する会が企図する自主管理住民投票を認めることは、住民の代表である議会を軽視することになり、間接民主制に反するという考えのもとに、自主管理的な住民投票に協力することはできないと判断し、実行する会による本件各施設の使用を許可しないことを決定し、陶山教育長に対しその旨指示した。

(九) 陶山教育長は、右佐藤町長の指示に従い、一二月五日付け文書をもって、原告に対し、前同様の理由で本件各施設の使用を許可できない旨通知をした。

以上の事実が認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。

2 右認定事実を前提に検討するに、本件各施設が法二四四条一項にいう公の施設であることは明らかであるところ、かかる公の施設については、正当な理由がないかぎり、住民がこれを利用することを拒んではならず(同条二項)、また、住民利用について不当な差別的取扱いをしてはならない(同条三項)のである。これは、公の施設にその公共施設としての使命を十分達成させるために、当該公共施設の種類、規模、構造、設備、及び、他の基本的人権あるいは公共の安全の侵害等の危険を総合勘案して、利用を不相当とする事由が認められる特別の場合以外は、住民の利用を認めなければならない趣旨であり、したがって、その利用が不許可とされるのは、右のような危険を防止するのに必要かつ合理的な場合に限られるべきことは明らかである。そして、公の施設の管理者が正当な理由なくその利用を拒否するときは、憲法の保障する集会ないし表現の自由の不当な制限につながるおそれが強いことに鑑みると、その利用を不許可とできるのは、前記のような危険が、明らかに差し迫っており、その発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である(最高裁平成七年三月七日第三小法廷判決・民集四九巻三号六八七頁参照)。

かかる観点から本件をみるに、実行する会による本件各施設の使用目的は、自主管理住民投票の投票所としての使用であるが、右にいう自主管理住民投票は、法定の住民投票の方式を模して行おうとしていたのであるから、それ自体何ら危険性がないことは明らかであるし、自主管理住民投票を巡って、これに反対する勢力との間に付近住民の生活の平穏を害するような混乱が発生する危険性も認められない。被告は、かかる自主管理住民投票は間接民主制をないがしろにし、公の秩序に反する旨主張するけれども、実行する会が主催しようとしていた自主管理住民投票は、広い意味での表現行為と評価すべきものであって、その結果が直ちに何らかの法的効果を伴うものでなく、投票の結論をどう受け止めるかは、あげて町長など行政当局の政治的判断に委ねられる性質のものであることは多言を要しない。してみると、憲法の地方自治の本旨に基づいて制定された地方自治法が、このような表現行為を公の秩序に反するとして禁止しているとは到底解し得ないところであって、実行する会による本件各施設の使用を拒みうる正当な理由を認めることはできず、本件不許可処分は、地方自治法二四四条に反するものとして、違法といわざるをえない。

そして、前認定の事実に照らせば、陶山教育長は本件各施設の管理運営の事務委任を受けた直接の管理者として、佐藤町長は陶山教育長から指示を仰がれた最終的な判断者として、それぞれ、違法な本件不許可処分をなすについて過失があったと認めるのが相当である。

三  甲五ないし九、原告本人によれば、本件不許可処分により、実行する会は、当初予定していた本件各施設に自主管理住民投票の投票所を設置できなくなったばかりでなく、町当局のこうした姿勢に影響され、各地域の区長らが各地域に所在する公の集会所の貸与をも拒否する事態を生じ、実行する会が急遽投票所として予定した漆山公民館、越前浜公会堂及び四ツ郷屋公民館の各施設の利用もできなくなったこと、実行する会は、そのような制約された条件の中で一人でも多くの町民に投票の機会を確保すべく、投票期間を一五日間に延長した上、代替土地探し、プレハブ建物の建築その他投票所の確保に追われ、投票日直前まで奔走を余儀なくされたこと、しかし、駐車スペースの点等において十分な代替施設の確保はできなかったこと、また、投票所の確定が遅れたことで各地区の住民に対する投票日、投票所の周知徹底などの作業に多大な労力を割かれる結果となったことが認められる。

他方、前掲証拠及び甲一〇によれば、実行する会は結果的には所期の目的であった自主管理住民投票を実施することができ、約四五パーセントにのぼる投票率が得られたこと、被告に損害賠償責任を負わせることは、究極的には町民に負担を強いる結果となること、原告は、自主管理住民投票の主催を目的とする実行する会の中心にあり、自主管理住民投票の企画、運営に携わった者として、専ら本件不許可処分の違法性を明らかにする目的で本訴を提起していることが認められ、これらを合わせ考慮すれば、被告が原告に対し賠償すべき慰藉料の金額は二五万円に止めるのが相当である。

なお、原告本人によれば、原告は、本件訴訟の遂行に際し、弁護士に対して一〇万円の支払いを合意したことが認められる。

第四  結論

以上の次第であって、原告の請求は主文の限度で理由があるからこれを一部認容し、その余は理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官春日民雄 裁判官今村和彦 裁判官佐久間健吉)

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